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ふくしま暮らし(5) ―「福島を忘れない」というとき

いやはや暑いですね。みなさん、紫外線量だけでなく、ちゃんと放射線量も気にしてますか?

先週末、福島県内の複数の空間放射線量モニタリングポストの値が、通常の数百倍などに急上昇。すわF1で大事故かと思いきや、どうも猛暑のせいで機械が誤作動したらしいという、笑うに笑えないニュースがありました。

素人ながら、おいおい暑さで狂う程度のものなのか?と情けなくなったと同時に、「だから国のいう数字なんか信用できない、やっぱり福島は人が住んではいけない危険な場所なのだ」という主張が、またぞろソーシャルメディアで散見され、暗澹たる気持ちになったのでした。

たまに欧米のネットメディアが、思い出したように福島を取り上げ、現地レポートと称して側溝にガイガーカウンターかざして、「おお!こんなに危険なのに政府は隠している!」みたいなストーリーになって、それがSNSで拡散してるのを見ても、同じくやるせない気持ちになります。

世の中にはいろんな意見の人がいるのだから気にしなければよい、と思いつつも、なぜか心がざわついて、どうしてもスルーできない自分がいるのです。なので、思い切ってこれについて書いてみることにしました。福島に来て、復興に関係する仕事を始めてまだ7か月、私の知見は非常に限られていますが、その範囲で考えていることです。

いま福島県内、とくに避難指示区域に隣接する市町村に住んでいる人たちの多くは、「それでも福島に住むことを選択した」人たちです。「国や東電にだまされて、危険なことを知らずに住み続けている、無知で可哀そうな人たち」ではありません。福島県内では、原発事故処理の話、汚染水の話、放射線量の話は、文字通り毎朝毎晩報道されており、この3年間、多くの人が自分なりにデータも情報も収集し、調べて考え抜いてきたはずです。子供がいればなおさらです。

低線量被ばくの健康被害リスクについては、偉い先生方の間でも諸説わかれており、いまの状態を危険と思う人、許容範囲と思う人、両方いて当然でしょう。そしてどちらも、自分の意見を補強する情報しか目に入らない認知バイアスがかかっているのも、また仕方のないことと思います。

危険と感じる人が、福島を離れることは当然の権利です。しかし、離れないことを決めた人たちに対して「福島は危険だ」と煽ることに、果たしてどんな意味があるのでしょうか。「そんな危険なところに残っていてバカじゃないのか」「小さな子供がいるのに逃げないのは犯罪だ」と言わんばかりの文章を読むと、どうにもやりきれません。

逃げたくても、仕事や介護などの都合、もろもろの理由で逃げられない人たちもいるでしょう。母子だけで遠くへ避難した世帯もありますが、そうして家族がバラバラになることのマイナス影響のほうが大きいと考えて、あえて家族一緒に「逃げない」選択をした人たちもいるでしょう。なにより、被災した自治体の役場職員をはじめ、現場で町の復興・復旧を託されている多くの人たちがいます。彼らがいなければ、だれがガレキを片付け、雑草を刈り、害獣を駆除し、道路や水道を直すのでしょうか?だれが復興まちづくりを主導するのでしょうか?そして彼らにも家族がいるのです。

そもそも国があの一帯(F1から20キロ圏とか)を国有化して、帰還不可能な区域にするべきだったのだ、という主張には、私個人の意見として賛成です。ほんとうに、もっと早くに、事故の直後に、そうすべきだった。そうすることの激痛を避けたために、かえって傷は大きく広がり、痛みは途方もなく長引くことになってしまったように思います。でももう引き返せない。「帰還」、つまり帰りたい人が帰れる状態にすることを目指す道を歩み始めたのだから、今はその道をなるべく短く平坦にすることを考えるしか、ないのではないでしょうか。

私自身は今回、好き好んで福島県の中通り、それも比較的線量が高いらしい地域に引っ越しましたが、リスクを感じないかといえばウソです。はっきり言って怖いです。でもそれは、毎日低レベルの放射能を浴びて、将来がんになるリスクが0.何パーセントか上がるかもしれない?のが怖いのではありません。また大きな地震が起きて、ボロボロのイチエフが今度こそ取り返しのつかない事故を起こすかもしれない。あるいは地震がなくても、人為ミスで重大な事故が起きる可能性は十分にある。その怖さです。つまり、現在ではなくて将来に対する怖さ。ちょっと揺れるたびにドキッとします。

でも、将来のリスクなら東京にいればまた別の怖さがある。結局、地球上どこにいっても100%安全という場所はありませんよね。

私は、今ここでやることがあるから、今ここにいます。と偉そうに言っても、しょせん期間限定ですからお気楽なものですが、ここでは多くの人たちが、先が見通せない中で、大なり小なり怖さと不安と悲しみを背負い、折り合いをつけながら、今ここでやるべきことを黙々と、黙々と、やっています。

実際のところ、福島県の人口200万のうち、強制避難・自主避難をあわせた「避難者」は、1割以下の13万人です。そのうち県外避難は、ピーク時でも6.2万人、現在は4.5万人(2.3%)にすぎません。残りの190万人余は、前向きか後ろ向きかは別として、「それでも福島に住むこと」を選択した(せざるを得なかった)人たちです(そもそも、同じ福島県でも会津方面では「浜通りとは別の県です」くらいの距離感覚で生活していると思いますが)。

今の福島がいかに危険か危険でないかという、決してかみ合わない不毛な議論ではなく、長期全町避難という多重悲劇を他所で二度と繰り返さないようにするためにはどうしたらいいか、その議論にこそ、みなの英知を集中できないものか。「福島を忘れない」というのは、その文脈でこそ意義があるはずだと思うのです。

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