ふくしま暮らし(4)― いわき、広野、楢葉、富岡

福島学構築プロジェクトが主催するスタディツアー、「福島エクスカーション」に行ってきました。 同プロジェクトは、福島大学「うつくしまふくしま未来支援センター」特任研究員の開沼博さんがリーダーを務めています。開沼さんは『「フクシマ」論―原子力ムラはなぜ生まれたのか』などの著作でも有名ですね。 今回のツアーは、開沼さんとスタッフも含めて総勢20名くらいでした。いわき駅に集合して広野町~楢葉町~富岡町まで北上し、いわきに戻ってくるコースです。

とりあえず写真から。

広野町役場まず広野町役場で町の現状を聞きました。あのJビレッジがある広野町です。

F1からは30キロ圏内で、旧緊急時避難準備区域。一時は全町民が町の外に避難しました。 ただ、町長が出した避難指示は2012年3月には解除されているため、いまでも町外にいる人たちはいわゆる「自主避難者」ということになります。

除染もほとんど終わって「帰れる状態」のはずですが、帰町した町民は3割弱にとどまっているとのこと。

国の避難指示が続く浪江町などの他の町村では、数年後に指示が解除されたとしても果たしてどれだけの町民が戻ってくるか、予想に悩み苦しみながら「復興まちづくり計画」を作っています。が、広野町の数字を聞くとさらに厳しさを感じざるを得ません。

昼食M君宅のあと、6号線を北上して楢葉町に入りました。楢葉は広野と違い、国の避難指示で全町民が強制避難中です。ただ、町内全域が比較的放射線量の低い、「避難指示解除準備区域」なので、昼間の立ち入りは自由にできます。

この町出身の福島大生M君の案内で、M君の自宅を見せていただきました。沿岸ではないので津波被害はなく、地震の損傷もないようですが、長期間住んでいないのでネズミの害がひどいとのこと(ほかの地域では、イノシシやイノブタ被害も聞きます) 。また盗難も頻発しており、ある時はなんと、庭の柿の木を根こそぎ盗まれたそうです。

楢葉町では、避難指示の解除時期をまもなく判断するとなっていますが、指示が解除されても町に戻らなければ、自主避難ということになり、借上げ住宅の家賃補償などが打ち切られます。帰るか帰らないか、M君の家では家族の間でも意見は分かれているということでした。

こちらは天神岬から一望する山田浜。津波で流された一帯ですが、いまは除染廃棄物の仮置き場になっています。遠くに見える煙突は、広野火力発電所。福島は、原発ができるずっと前から、火力発電所や水力発電所が建設され、首都圏に電力を供給してきたんですね。 仮置き場 (2)

さらに北上して富岡町へ。あまりにも有名になってしまった富岡駅の風景ですが、自分の目で見ると改めて胸がえぐられる感じがします。ただ、初めて浪江町に入って、沿岸部の状況を見せてもらったときほどの衝撃はありませんでした。ある意味、慣れてしまったかな。ここには毎日多くの見学者が訪れ、すでに「観光地」になっています。観光という言葉に拒否反応があるのは理解しますが、やはり広島の原爆ドームのように遺構として目に見える形で何かを残し、人が訪れる場所にすべきではないかと思います。

富岡駅1 富岡駅2 富岡駅4

富岡町を離れた後は、現在東電の作業拠点となっているJビレッジをバスで一回りして、いわきに戻りました。

夜明け市場

最後に、視察した内容を話し合うワークショップがあると聞いていたのですが、向かったのは一見レトロな飲み屋街(実際飲み屋街なんですが)。飲みながらやるのか??と思ったら、この中ほどの店舗の2階にオフィススペースが。

「夜明け市場」は、被災した飲食店オーナーや復興を支援する起業家が集まり、シャッター街になっていたいわき駅前の「白銀小路」を利用して作った「復興飲食店街」です。こうした起業家たちを支援するため、商店街の中にコワーキング(co-working)スペースも設置されているというわけです。

ここで、ツアー参加者は4つのグループにわかれ、広野町や楢葉町が2020年東京オリンピックの年までにどんな姿になっているのが望ましいか、その実現には具体的になにが必要か、そして自分は何ができるか、などを90分にわたって話し合いました。

正直、半日程度のインプットでは現実的な施策を考えられるわけがないですし、また90分という時間も短すぎるのですが、このワークショップの意義は、アイデアの実現可能性云々よりも、「自分ごととして考える」時間を持つということだと思います。視察して「あーたいへんねー」で終わるのではなく、何ができるか自分の頭で少しでも考えることは、こうしたスタディツアーにおいてはとても重要だと感じました。

しかし、いわきは栄えてますね。せっかくだから一泊しようかと思ったのですが、1週間前の時点で市内のホテルはどこも満杯でした。

ところで、このツアーを企画している「福島学構築プロジェクト」。まだ発足から日が浅いということもあるのでしょうが、いったい誰が何をしようとしているのか、ウェブサイトの説明を読んでもイマイチわかりづらい印象です。でも、「福島を課題先進地として意味づけし、そこからリバース・イノベーション発信地・福島としてのブランドを作る」、という発想には大いに共感するので、とにかく一度活動に参加してみようと思って申し込んだのでした。

感想としては、もう少し時間をかけてもう少し多くの情報を得、それを整理する時間がもう少し欲しいな、というところでしたが、東京から日帰りできるという条件で考えると、このくらいがちょうどいいのかな、とも思います。個人的には、いま私は浪江町にどっぷりなので、双葉郡のほかの被災自治体の状況を知る大変よい機会になりました。

他の参加者のみなさんとは半分くらいしか名刺交換できませんでしたが、やはり、というか研究者の方(それも原子力関係)が多かったようで、私は少々浮いてたかもしれません(笑)。

でもほんとうに、いま福島でこの仕事をしていなければ出会うことのなかった人たちと、こうして出会えることが楽しいですし、自分にあてられる物差しが増えて刺激になります。こうしてインプットを増やしながら、私自身、何をどうしたいかもう少しはっきりするまで、焦らず考え続けたいと思います。

 

広告

ふくしま暮らし(4)― いわき、広野、楢葉、富岡」への1件のフィードバック

  1. 金澤

    テレビでの報道もすっかり少なくなってきて、こういう写真のある文章は説得力があります。ありがとう。

    返信

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中