ふくしま暮らし(3)-南三陸・気仙沼へ

公益社団法人アジア協会アジア友の会というところが主催する、「南三陸を訪ねる復興スタディツアー」に参加してきました。

参加の理由は、福島だけでなく宮城・岩手の津波被災地はどうなっているのか知りたかったから。正直いって、原発と放射能の心配をする必要がない宮城・岩手では、極端に言えば「壊れたものを直せばいい」のだから物事はシンプルだろうと、なんとなく思っていました。もうガレキの処理も終わったというから、少なくとも見た目は(福島の沿岸と違って)かなり復興が進んだ形になってるのだろう、などと勝手な想像もしていました。でも違いました。

(1)ここは南三陸町の志津川小学校から見た志津川地区です。このあたりは家も商店もたくさんあった場所。ガレキこそ片付いていますが、まだ新たな建物はありません。この辺一帯は70㎝ほど地盤が沈下したそうです(部分的に陥没したというより、沿岸部全体が海に引きずりこまれたという感じ)。浸水した地域は基本的にかさ上げをすることになっていて、写真のように部分的に盛り土が始まっています。しかし、この一帯をすべてかさ上げし、最後はその高さに合わせて道路も作り直すわけで、気が遠くなるような時間とコストがかかる作業です。

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こうした浸水地域は、インフラが復旧しても居住用の家は建てられないことになっており、高台への集団移転計画が進められています。といっても実際には遅々として進んでいないような印象でした。そもそも平野部が少なく、高台移転には山を切り崩さないといけないわけで、これまた途方もない時間がかかりそうなことは素人の目にも明らかです。仮設住宅の入居期間は当初2年の想定だったのが、3年になり今では5年になったそうですが、アジア協会のスタッフさんの話では、おそらく5年経っても高台移転ができる人は一握りなのではないかということでした。

待ちきれず、自力で家を修復するなどして沿岸部に戻った人も少なくないようですが、その地区が今後かさ上げされたら、自分の家が一段低い水たまりのような場所になってしまう可能性もあるそうです。

このかさ上げにしても、防潮堤の復旧にしても、決定は町村レベルに任されているとのこと。一見、住民の意見を尊重する最善の策にも見えますが、それだともしかして、隣り合った町でもかさ上げの高さが違ったり、防潮堤の高さも違ったりするという現象が起きないのか?という疑問がわいてきます。地元の方にこれを聞いたところ、まさにそれがいま起きていることなのだそうです。

(2)上の写真の中央右に写っている防災対策庁舎のクローズアップ。3階建ての庁舎全体が波の下になり、屋上に避難していた人もほとんどが流されてしまいました。これを震災遺構として残すかどうかは議論が分かれているそうです。

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(3)気仙沼市・大谷海岸。砂浜の砂はすべて海に持っていかれたそうです。いまでは波よけの土嚢が積まれています。手前は気仙沼線・大谷海岸駅のプラットホームだったところ。いまはコミュニティの足として鉄道に替わりBRT(バス)が走っています。

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(4)まだまだこれからという今、さらに悩ましいのは工事費や建設資材の高騰です。この河北新報の記事によれば、作業員の労務単価はうなぎ上り、災害公営住宅など自治体発注工事の入札不調が続いているほか、個人の住宅や事業所建設でも、坪単価が50万→80万等に値上がりしているそうです。東京オリンピックが近づけばさらに…という懸念は実感を伴います。

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仙台市内などでは復興特需的なにぎやかさも感じられますが、沿岸部の多くはガレキこそ撤去されたものの、まだ「復興」という姿には程遠い。曲がりなりにも「町」といえる状態を取り戻すまでには、まだ相当の時間がかかることがわかりました。

(6)それでも(福島と比べて)まだ救いかと思われるのは、漁業が復活していることです。もともと海産物の宝庫・三陸。いまはワカメと牡蠣が旬で、今回のツアーでもたくさんいただきました(私は牡蠣はパスですけど)。下の写真はツアー中の海の幸三昧のお食事です。原発の放射能汚染水は、海流の関係で三陸までは達しない(むしろ南へ流れる)そうで、風評被害もさほどではないとのことでした。漁師さんが漁に出られないのは本当に気の毒です。福島でも早く漁が再開できることを祈るばかりです。

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1日目のお昼にホタテ&野菜焼きをいただいた南三陸町歌津の「みなさん館」)は、アジア協会の支援で作られた産直品販売所です。この後、近くの集会所にて、午前中に見学した場所を津波が襲ったときの映像を見て、現地の「語り部」の方にお話を聞きました。このときの内容はまた改めて書きたいと思います。

(7)2日目に訪れた気仙沼のリアス・アーク美術館。ノアの方舟をかたどったこの美術館、あまり有名でないらしいですが、ここの「東日本大震災特別展示」は一見の価値ありです。単に写真や遺物を並べただけでなく、その1枚1枚にていねいな説明がつけられ、その言葉にも「伝えよう」という意思が感じられる。全体を通じて「収集・展示のプロ」としての気概を感じるエキシビションでした。この写真は屋外の展示で、一見ガレキを使った作品か?と思いましたが、もっと前からあるそうです。

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宮城・岩手の被災地を訪れるスタディツアーは既にいろいろな団体が開催しているようですが、今回のアジア協会さんのは、勉強の部分と観光の部分がほどよくミックスされ、非常によく練られたツアーでした(写真は載せてませんが、みそ工房も見学し、帰りは中尊寺にも立ち寄りました)。

アジア協会さんは、アジアの途上国各地での豊富な支援活動の実績を活かして、3年前の震災直後から南三陸町に入り、以来継続的な(持続可能な、といってもいい)支援を行ってきたそうです。現在のような1泊2日のスタディツアーは、1年ほど前から月1度のペースで開催しているとのこと。引率スタッフの方が行く先々で現地の人たちから信頼されていることは明らかだったので、この団体主催のツアーでなければ聞くことができない話や見ることのできない場所も見られたと思います。望まれる支援というのは、単発のイベント的なものではなく、現地に何度も足を運んでそのニーズに耳を傾け、現地の自立につながるようなサポート活動なのですね。

「三陸海岸の被災地」と一からげにイメージしてましたが、南三陸と気仙沼といった隣同士の場所でも、島の有無や半島の向きなどわずかな地形の違いで被害の程度はかなり違うということも知りました。ほんとうに、実際に行って現地で話を聞いてみないとわからないことは多いです。

被災地が「復興したように見える」までにはまだ相当時間がかかるので、逆説的なようですが、まだ間に合います。少しでも関心があれば、アジア協会に限らず現地をよく知る団体がコーディネートしたツアーを探して、参加してみてはいかがでしょうか。

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