ふくしま暮らし(2) 言葉がないとき

少し考えればすぐわかる話なのに、ここに来るまでちゃんと認識していなかった事実がありました。

ここの人たちは、助かったかもしれない人たちを見殺しにするという経験をしてたんだ、ということです。

がれきの下から声が聞こえてた。でも日が暮れて二次災害を防ぐため捜索・救出活動を一時中断した。

「明日の朝、必ず助けに来る」。そういってその場を引きあげた。

でもその深夜に、原発事故で逃げなければならなくなった。

次の日なら助かったかもしれない。でも逃げなきゃならなかった。助けられなかった。

そういう話を、こちらに来てから何度か聞きました。

「無人地帯」という映画の東京上映が始まったそうです。「住民が避難し無人となった20km圏内の風景」を撮った日仏合作のドキュメンタリーで、富岡駅のあたりや浪江町の請戸港も出てくるらしいです。

この予告編でも、請戸で上記の体験をした女性が語っています。

この映画、ウェブでたまたま監督の藤原敏史さんのブログを見つけて知ったのですけど。(こちらがそのブログ

富岡駅でのシーンについて、以下少しコピペさせていただきます。

「駅のホームから一望した海側は、ほとんどすべてが流されてなにもなくなっていた。そこを一面、無数の、白い防護服姿の人たちが、さまよっていた。今でもはっきり憶えている、それは悲しさすら吹き飛ぶ、ゾっとする光景だった。

まるであまたの幽霊が、あまりに破壊が激しく全てが消えてしまった原子野をさまよっているかのように見えた。

“幽霊” に見えてしまったのは、福島県警の捜索の警察官のみなさんである。

地震国日本の常識で、瓦礫の下の人の生存限界はだいたい72時間と言われている。本来なら出来れば当日か、翌日には真っ先に捜索に行くべきだったはずだ。いや「べきだ」以前に、この福島県警の皆さんはそんなこと百も承知で、真っ先に救援に来たかったはずだ。

だがそれが実現したのは、ここが津波で破壊されて1ヶ月以上経ってからだ。

40日前ならば、助けに来られたかも知れないはずが、遺体を探さなければならない。なんと虚しく、辛い、それでも必死でやり遂げなければならない作業だったことだろう。」

映画「無人地帯」の上映時間などは、渋谷ユーロスペースのサイトで紹介されてます(こちらクリック)。

避難を強制された人たちの、経済的損害はともかく精神的苦痛をどうしたら償うことができるのか?壊れてもいない自分の家を追われ、不自由な仮住まいに3年も耐えるという辛さ。家族や友人と離ればなれになる苦しさ。のみならず、救えたはずの命を救えなかったという無念さ。

言葉がないです。

最後はなんとかしておカネに換算するしかないけれども、おカネになってしまったとたんに今度は人々の分断が始まるんですね。

ほんとうに、言葉がないです。

ひとたび原発事故が起こって避難指示が出たらこうなる、ということ――ただ町が無人になって荒廃して、ということだけでなく、人間がどうなってしまうのか、ということ――を、全国の原発立地自治体はしっかり理解して備えをしてほしいと思います。原発を進めるならもちろん、なくすにしてもまだまだ時間がかかるのですから。

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